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失敗園

著者:太宰治

しっぱいえん - だざい おさむ

文字数:2,447 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集3
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序章-章なし

(わが陋屋ろうおくには、六坪ほどの庭があるのだ。 愚妻は、ここに、秩序も無く何やらかやら一ぱい植えたが、一見するに、すべて失敗の様子である。 それら恥ずかしき身なりの植物たちが小声でささやき、私はそれを速記する。 その声が、事実、聞えるのである。 必ずしも、仏人ルナアル氏の真似まねでも無いのだ。 では。)

とうもろこしと、トマト。

「こんなに、丈ばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。 そろそろ、実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が出来ないの。 みんなは、あしだと思うでしょう。 やぶれかぶれだわ。 トマトさん、ちょっと寄りかからせてね。」

「なんだ、なんだ、竹じゃないか。」

「本気でおっしゃるの?」

「気にしちゃいけねえ。 お前さんは、夏せなんだよ。 いきなものだ。 ここの主人の話にればお前さんは芭蕉ばしょうにも似ているそうだ。 お気に入りらしいぜ。」

「葉ばかり伸びるものだから、私を揶揄やゆなさっているのよ。 ここの主人は、いい加減よ。 私、ここの奥さんに気の毒なの。 それや真剣に私の世話をして下さるのだけれども、私は背丈ばかり伸びて、一向にふとらないのだもの。 トマトさんだけは、どうやら、実を結んだようね。」

「ふん、どうやら、ね。 もっとも俺は、下品な育ちだから、って置かれても、実を結ぶのさ。 軽蔑し給うな。 これでも奥さんのお気に入りなんだからね。 この実は、俺の力瘤ちからこぶさ。 見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。 も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。 ああ、すこし髪が乱れた。 散髪したいな。」

クルミの苗。

「僕は、孤独なんだ。 大器晩成の自信があるんだ。 早く毛虫に這いのぼられる程の身分になりたい。 どれ、きょうも高邁こうまい瞑想めいそうにふけるか。 僕がどんなに高貴な生まれであるか、誰も知らない。」

序章-章なし
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失敗園 - 情報

失敗園

しっぱいえん

文字数 2,447文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集3

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:渥美浩子
2000年4月27日公開
2005年10月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:失敗園

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