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姥捨

著者:太宰治

うばすて - だざい おさむ

文字数:13,764 底本発行年:1975
著者リスト:
著者太宰 治
底本: 太宰治全集2
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序章-章なし

そのとき、

「いいの。 あたしは、きちんと仕末しまついたします。 はじめから覚悟していたことなのです。 ほんとうに、もう。」 変った声でつぶやいたので、

「それはいけない。 おまえの覚悟というのは私にわかっている。 ひとりで死んでゆくつもりか、でなければ、身ひとつでやけくそに落ちてゆくか、そんなところだろうと思う。 おまえには、ちゃんとした親もあれば、弟もある。 私は、おまえがそんな気でいるのを、知っていながら、はいそうですかとすまして見ているわけにゆかない。」 などと、ふんべつありげなことを言っていながら、嘉七も、ふっと死にたくなった。

「死のうか。 一緒に死のう。 神さまだってゆるして呉れる。」

ふたり、厳粛に身支度をはじめた。

あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことにってつけようと思った。 早春の一日である。 そのつきの生活費が十四、五円あった。 それを、そっくり携帯した。 そのほか、ふたりの着換えの着物ありったけ、嘉七のどてらと、かず枝のあわせいちまい、帯二本、それだけしか残ってなかった。 それを風呂敷に包み、かず枝がかかえて、夫婦が珍らしく肩をならべての外出であった。 夫にはマントがなかった。 久留米絣くるめがすりの着物にハンチング、濃紺の絹の襟巻えりまきを首にむすんで、下駄だけは、白く新しかった。 妻にもコオトがなかった。 羽織も着物も同じ矢絣模様の銘仙めいせんで、うすあかい外国製の布切ぬのきれのショオルが、不似合いに大きくその上半身を覆っていた。 質屋の少し手前で夫婦はわかれた。

真昼の荻窪の駅には、ひそひそ人が出はいりしていた。 嘉七は、駅のまえにだまって立って煙草をふかしていた。 きょときょと嘉七を捜し求めて、ふいと嘉七の姿を認めるや、ほとんどころげるように駈け寄って来て、

「成功よ。 大成功。」 とはしゃいでいた。 「十五円も貸しやがった。 ばかねえ。」

この女は死なぬ。 死なせては、いけないひとだ。 おれみたいに生活につぶされていない。 まだまだ生活する力を残している。

序章-章なし
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姥捨 - 情報

姥捨

うばすて

文字数 13,764文字

著者リスト:
著者太宰 治

底本 太宰治全集2

親本 筑摩全集類聚版太宰治全集

青空情報


底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
1999年9月6日公開
2005年10月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:姥捨

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