嘘
著者:太宰治
うそ - だざい おさむ
文字数:8,331 底本発行年:1975
「戦争が終ったら、こんどはまた急に何々主義だの、何々主義だの、あさましく騒ぎまわって、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持です。
主義も、思想も、へったくれも
私は焼け出されて津軽の生家の
「いや、ごもっとも。 しかし、それは、逆じゃありませんか。 男が慾を捨て、女が嘘をつく事をやめる、とこう来なくてはいけません。」 といやにはっきり反対する。
私はたじろぎ、
「そりゃまた、なぜです。」
「まあ、どっちでも、同じ様なものですが、しかし、女の嘘は
今だから、こんな話も公開できるのですが、当時はそれこそ極秘の事件で、この町でこの事件に
ことしのお正月は、日本全国どこでもそのようでしたが、この地方も何十年振りかの大雪で、往来の電線に手がとどきそうになるほど雪が積り、庭木はへし折られ、
夜の八時ちょっと前くらいだったでしょうか、私が上の女の子に算術を教えていたら、ほとんどもう雪だるまそっくりの
何やら、どうも、ただならぬ気配です。 あがれ、と言っても、あがりません。 この署長はひどく酒が好きで、私とはいい飲み相手で、もとから遠慮も何も無い仲だったのですが、その夜は、いつになく他人行儀で、土間に突立ったまま、もじもじして、
「いや、きょうは、」と言い、「お願いがあって来たのです。」 と思いつめたような口調で言う。 これはいよいよ、ただ事でないと、私も緊張しました。
私は
私たちは火鉢を中にして、向い合って突立っていました。
「絶対に秘密にして置いて下さい。 脱走事件です。」 と署長は言う。
警察の留置場から誰か脱走したのだろう、と私は、はじめはそう思いました。 黙って、次の説明を待っていました。
「たぶん、この町には、先例の無かった事でしょう。