鱷
原題:Das krokodil(独訳)
著者:ドストエウスキー Fyodor Mikhailovich Dostoevski
わに
文字数:41,073 底本発行年:1980
一
己の友達で、同僚で、遠い親類にさへなつてゐる、学者のイワン・マトヱエヰツチユと云ふ男がゐる。
その男の細君エレナ・イワノフナが一月十三日午後〇時三十分に突然かう云ふ事を言ひ出した。
それは此間から
「好い思ひ付きだ。
その鰐を一つ行つて見よう。
全体外国に出る前に、自分の国と、そこにゐる丈のあらゆる動物とを
さて細君に臂を貸して、一しよに新道へ出掛ける事にした。 己はいつもの通り跡から付いて出掛けた。 己は元から家の友達だつたから。
この記念すべき日の午前程、イワンが好い機嫌でゐた事はない。
これも人間が目前に迫つて来てゐる出来事を前知する事の出来ない一例である。
新道へ這入つて見て、イワンはその建物の構造をひどく褒めた。
それから、まだこの土地へ来たばかりの、珍らしい動物を見せる場所へ行つた時、己の分の見料をも出して、鰐の持主の手に握らせた。
そんな事を頼まれずにした事はこれまで一度もなかつたのである。
夫婦と己とは格別広くもない一間に案内せられた。
そこには例の鰐の外に、
「これが鰐ですね。 わたしこんな物ではないかと思ひましたわ。」 細君は殆ど鰐に気の毒がるやうな調子で、詞を長く引いてかう云つた。 実は鰐と云ふものが、どんな物だか、少しも考へてはゐなかつたのだらう。
こんな事を言つてゐる間、この動物の持主たるドイツ人は高慢な、得意な態度で、我々一行を見て居た。
イワンが己に言つた。
「持主が
「もし。
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鱷 - 情報
青空情報
底本:「鴎外選集 第15巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「新日本 二ノ五―六」
1912(明治45)年5〜6月
原題(独訳):Das Krokodil. Eine auergewhnliche Begebenheit oder eine Passage in der Passage.
原作者:Fyodor Mikhailovich Dostoevski, 1821-81.
翻訳原本:F. M. Dostojewski: Smtliche Werke. 2. Abteilung, 17. Band. Onkelchens Traum und andere Humoresken. (Onkelchens Traum. Die fremde Frau und der Mann unter dem Bett. Das Krokodil.) Deutsch von E. K. Rahsin. Mnchen und Leipzig, Verlag von R. Piper u. Co. 1909.
※底本では題名に「」が用いられている。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「細君」と「妻君」の混在は底本のママ。
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2002年1月16日公開
2006年1月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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