どんぐりと山猫
著者:宮沢賢治
どんぐりとやまねこ - みやざわ けんじ
文字数:6,261 底本発行年:1986
をかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。 とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝
こんなのです。 字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくくらゐでした。 けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。 はがきをそつと学校のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。
ね床にもぐつてからも、
けれども、一郎が眼をさましたときは、もうすつかり明るくなつてゐました。 おもてにでてみると、まはりの山は、みんなたつたいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ青なそらのしたにならんでゐました。 一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿つたこみちを、かみの方へのぼつて行きました。
すきとほつた風がざあつと吹くと、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかつたかい。」 とききました。 栗の木はちよつとしづかになつて、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」 と答へました。
「東ならぼくのいく方だねえ、をかしいな、とにかくもつといつてみよう。 栗の木ありがたう。」
栗の木はだまつてまた実をばらばらとおとしました。
一郎がすこし行きますと、そこはもう笛ふきの滝でした。
笛ふきの滝といふのは、まつ白な岩の
一郎は滝に向いて叫びました。
「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかつたかい。」
滝がぴーぴー答へました。
「やまねこは、さつき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
「をかしいな、西ならぼくのうちの方だ。 けれども、まあも少し行つてみよう。 ふえふき、ありがたう。」
滝はまたもとのやうに笛を吹きつゞけました。
一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、変な楽隊をやつてゐました。
一郎はからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、こゝを通らなかつたかい。」
とききました。